| 家康を激怒させたと言う直江状の全文。秀吉亡き後の最高権力者である家康に対して これほどの書状を送りつけるとは。。。後世にて西軍のファンとなったものはこの書状を 読み返して悔しい思いが少しは晴れるのではないでしょうか。 ※赤字で現代風に訳しておりますが、気にしないで下さい。 |
|
今朔の尊書昨十三日下着具に拝見、多幸々々。 一、当国の儀其元に於て種々雑説申すに付、内府様御不審の由、尤も余儀なき儀に候、 一、景勝上洛延引に付何かと申廻り候由不審に候、去々年国替程なく上洛、去年九月下国、 やのになんでまた直ぐに、大阪にいかなあきませんの?まだ引越しの片付けも何も出来てないんでっせ! その上、ここは冬の間思いっきり雪がふりますねん。冬の間はは何にもできませんのや!うそやと思うなら うちの家がどんな所にあるか良く知ってる人間に聞いて下さいよ。だから中々関西に行けないのはそう言う 事情なんですわ。うちの事を悪くチクる人間がおるみたいですけど(笑) 一、景勝別心無きに於ては誓詞を以てなりとも申さるべき由、去年以来数通の起請文反古に 何回誠心誠意気持ちを込めた誓詞だしましたん?全部無意味なんですね! また、わざわざ同じもん書けというのでっか?ええ加減にしてやもう!!! 一、太閤以来景勝律儀の仁と思召し候由、今以て別儀あるべからず候、世上の朝変暮化には 一、景勝心中毛頭別心これなく候へども、讒人の申成し御糾明なく、逆心と思召す処是非に及 ばっかり信用して、ちゃんと調べもせずに、いちいちうちが悪いと言われたらたまりませんわ!!! しょうもない事を言う人間を捕まえて、家康はんが公平に調べもせんと、そんな事言うてはったら世間に 対して恥をかくだけでっせ(笑) 一、北国肥前殿の儀思召のままに仰付られ候、御威光浅からざる事。 あ、聞きませたけど前田さんとこの気の弱い息子さんをいじめたそうですな(笑)まぁ前田さん所にちょっかい出して、色々とやってはるみたいですが結構な御威光ですな(笑)あんた何者?どれだけえらいの? 一、増右・大刑少御出頭の由委細承り及び候、珍重に候、自然用所の儀候へば申越すべく候、 後、榊原君がうちの担当だったでしょ?榊原君がちゃんとうちの事を家康はんに言うてくれはったら こんなややこしい事にもなれへんかったと思うんですわ。何で榊原君は堀の若造の言う嘘を 鵜呑みにして、一緒になってうちの悪口言いまわるのか理解できませんわ。 おたくの榊原君は出来が悪すぎまっせ!担当らしくうちの事ちゃんとするように言っててや!!! 一、第一雑説ゆえ上洛延引候御断り、右に申宣べる如に候事。 色々言われるのは、うちの旦那が中々関西に行かへんと言う事だけです。無茶苦茶しょうも無い事ですわ。あほらしい。。。家康はんも暇なんですな(笑) 一、第二武具集候こと、上方の武士は今焼・炭取・瓢べ以下人たらし道具御所持候、田舎武士 なんで武家のうちが鉄砲揃えたらあきませんの?おたくらは関西に居てはって、お茶飲んだり 何やらかんやらして遊んでても、いいんでしょうけどね。こっちはそうはいきませんねん。 それにうちの旦那は不器用で、無愛想な人でさかいに、お茶とか似合いませんねん。 一、第三道作り、船橋申付られ、往還の煩なきようにと存ぜらるるは、国を持たるる役に候条 うちは一応、国主なんですわ。家康はんもその位わかりますやろ?前の国主が偉い出来の 悪い人間だったみたいで何もかもほったらかしですわ。他の国の人間とも仲良くするように ちゃんと話し合って仲良くやってるのに、家康はんは何を言ってますの? 大体ね、道を大きくして何が反逆ですか?家康はんあんたアホですか? 道を大きくしたら敵に攻めてこられたら防ぎようがありませんやんか!!! 逆心があるんやったらうちは堀とか砦とかなにやらかんやら作りますわ。 家康はんの家の東京の方へもちゃんとした道を作ってますねん。 見にきはったらよろしいやん!伊達さんや最上さんの所へもちゃんと道つくってますわ。 全部ちゃんと見て、ええ加減に堀と話をするのはやめた方が宜しいでっせ!!! 一、景勝事当年三月謙信追善に相当り候間、左様の隙を明け、夏中御見舞の為上洛仕らる 夏ごろには関西へ遊びに行きますわ。色々と新しい人間やとったり、買い物したりうちの為に 必用なものだけ揃えてますけど、その時に増田君と大谷君から使いの者が来まして、 何やらうちの事が関西でえらく悪い噂になってるから、関西に来ておたくに言い訳した方がいいで。 なんやらうちがまるで子供に物を言うような言い方で、まぁ大谷君も増田君も悪気は無いと思うけど ちょっとねー。もう少し言い方あると思いますねんけど、ちゃんと嘘をついてる者は嘘をついていると 言う事をもっと調べてもらわんと何を言おうか話にもなりませんわ。 関西では政略結婚したり、太閤さんの領土を勝手に貰ったりと色々とやってはるみたいですけど うちはそんな不義理には関るつもりはありまへん。変な噂が広まっている中でわざわざ関西に行って 言い訳するなんて、うちとしては恥ずかしくて出来ませんわ。嘘つきの人間とちゃんと話してからじゃ ないとね。後、うちから藤田と言う人間が東京に行ったはずですが、藤田が東京から関西へ行った と言う事も知ってますよ。藤田が何を言ってるかも想像ついてます。 一、千言万句も入らず候、景勝毛頭別心これなく候、上洛の儀は罷成らざる様に御仕掛け候 判る人間なら、うちの旦那さんも関西へ行きますわ。でも今の家康はんは物事わかりませんやろ? このままやったら、太閤さんの約束破る事になりますけど、うちで引き篭もって秀頼様を見放す 形になりますけどそれも仕方ありませんね。そのうち家康はんとうちのどっちがまちごうてるかは 世間はわかりまっせ!!!こっちから手を出して争っても勝ったとしても、うちは悪名がつきますわな。 そんな末代までの恥になるような事はする積もり有りませんわ。安心しておくんなはれ(笑) ただ、うちが不義とか悪く言われてる事は腹立ちます!誓詞も約束も関係ありませんわ! 一、爰許に於て景勝逆心と申唱え候間、燐国に於て、会津働とて触れ廻り、或は人数、或は 一、内府様へ使者を以てなりとも申宣ぶべく候へども、燐国より讒人打ち詰め種々申成し、家中 なんやらかんやら言うてますやん。ましてうちの藤田ですわ・・・・・ こんな状況ではうちが悪いと言われて、不利にとがめられますやんか。だから何も言い訳は するつもりはありませんねん。折角とりなして暮れましたがすんませんな。 一、何事も遠国ながら校量仕り候有様も、嘘のように罷成り候、申すまでもなく候へども、御目 言って下さいよ。下手な事言うと嘘やらなんやらと騒ぎになりますさかいに。世間ではちゃんと 物事に対しては白黒はっきりしてると思ってますので、そのまま教えてくださいよ。 仲がいいと言うことで色々と愚痴みたいな事ばかり書きましたが、変に思わずにといてな。 正直な私の気持ちを書いたまでですわ。 慶長五年 四月十四日 豊光寺 侍者御中 |